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みんなの「自然農」ブログ


自然農という覚悟 ― 自然農入門体験記(10)

2015/09/10 18:47
前回書いた7月26日(日)の生きもの観察会をはさんで、自然農野菜組も、後期に入った。
後期は、秋野菜の種まきから始まる。みなそれぞれに作付計画を持ち寄って、種付けの希望を語り合うことになるのだが、8月上旬の集まりでは、突然、畑を明け渡すことになった、一人の受講生の話から始まった。
草を刈らないことが地主さんの不評を買い、畑に除草剤をまかれてしまった。やりとりの末、結局、畑を返すことになったという。しかも、家付きなので、自宅も転居せざるを得なくなったという。受講者の中にも、こうした経験を持つ人は、多かれ少なかれいるようだ。
黒岩さんの経験でも、自然農の考え方を100%理解してもらうのは、ほとんど無理だという。
まず雑草が生えているということ自体に反感を持つ農家が多いからだとのこと。これまでの農業では、それこそ雑草を敵として徹底的に雑草対策をしてきたのだから、その考え方に立つ限り、雑草をはやすということ自体、許せないことなのだろう。
土地を借りている限り、このジレンマからは逃れられない。
だから、こうした周囲の目に対しては、自然農を理解してもらうというよりも、これまでの慣習通り、境界の草はきちんと刈って、地主さんが不快にならないようにしなければならない。そのためには、毎年の行事などにもある程度積極的に参加して、集落の一員としての義務を果たすことが必要だという。
別の話題ではあるが、似たような話を知り合いの建築家から聞いた。最近、都会で薪ストーブを設置する家が増えているが、その煙について周囲から苦情がしばしば寄せられるという。しかし、実際のところ、それは煙への苦情なのではなく、コミュニケーションの問題なのだという。つまり、家を建てるときに、ちゃんと挨拶をし、周囲への配慮を行えば、そうした苦情のほとんどは出ないのだというのだ。これと同じことが、自然農にも言えるのだろう。
集落の人々は、今までやってきたように生活していきたいし、あまり波風を立ててほしくはない。
そこで、外からやってきて、特別なことをするというような姿勢はことごとく嫌われる。
だから、どんなに自然農が人間の生き方の理に適っているかというようなことを説明したとしても、誰も耳を貸さないのだろう。むしろ、そうしたことを言えば言うほど、自然農は孤立してしまう。
だから、外から入ってきたものは、まず周囲の状況をよく見て、そこで行われてきた集団社会の慣習や習慣を尊重しつつ、その生活になじむことから始めることが必要になる。
黒岩さんの師に当たる川口由一さんの本を読んでも、自然農を決して押し付けてはいけないという立場が伝わってくる。
しかし一方で,人間の社会はそれでいいのかという思いも僕にはある。これは単純に周囲になじめばいいという話ではないだろう。自分の価値観を相手に押し付けることは決していいことではないが、押し付けられることもまた拒否せざるを得ない。もちろん、いやになったら、逃げだせばいいわけだが、土地付き、家付きでは問題はそう簡単ではない。前回の生きものの話と同様、それぞれがそれぞれを尊重する社会をつくるために何が必要なのかを考えることになるだろう。これはまさに相互文化的(intercultural)課題である。
自然農をやるということは,人間と人間の関係,そして個と集団の意味を考えさせてくれる機会でもあるが、いずれにしても、自分がどのようにして生きていくかということへの覚悟としてあるということになる。
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生きものと人間 ― 自然農入門体験記(9)

2015/08/08 17:24
7月26日(日),長野県富士見町の八ヶ岳自然生活学校で行われた生きもの観
察会に参加した。この催しは、この学校の自然農を理解するために、年に2回行われているもので、今回で6回目だという。

生きもの観察の専門家である林鷹央さんのガイドの下,子どもを含む参加者およそ十人ほどで黒岩自然農の田んぼの生きものを探し,炎天下1時間ほどの間に30種類以上の水中動物を採集した。

林さんの分類によると,この自然農の田んぼには,70種類以上の生きものが生息しているとのことで,これは全国的にもかなり珍しい例だそうだ。しかも,Aランクに相当する希少生物がかなりみられる点で特徴的だという。

観察の後,すべての生きものを田んぼに返し,いつもの地球ハウス(自然農の教室として使っているところ)で,黒岩さん自家製の低温発酵甘酒をいただきながら,夕方まで話し合いを行った。途中からは,筑波大学で環境問題を研究しているデビッドさんも参加,オーストラリアの絶滅危惧種の保存運動についてのお話もあった。

この話し合いに参加しながら,もう20年ほど前に,カヌーイストの野田知佑さんがきれいな川を保全するには,まず人間が川の流域に住まないことという話をどこかに書いていたのを思い出した。人間が生活することと環境を保全することの共存の困難さを指摘したエッセイだったのだが,そのころから環境と人間の共存については,頭のどこかにあったような気がする。

一方,環境保全というと,さまざまな生物の絶滅を防ぐための努力として,外来種の排除ということが主張される。しかし,外来種とは何かという議論もまた重要だろう。昔に戻せばいいという話でないことは明らかだからだ。

そうすると,生物の保存・環境の保全という問題は,むしろ人間とそれ以外の生物との関係をどうするかという課題であることに気づく。人間社会では,多文化多言語の共生がうたわれているが,これは,在来種と外来種という区別による議論ではない。人間以外の生物の場合,放置しておくと,すぐに強いものが優勢になって,あっというまに他の生物を駆逐してしまい,同一種が大量に繁殖する事態を招くという。同一種ばかりになると,今度は共食いという現象が生じ,生態系は完全に破壊されるという。生物多様性というコンセプトをどのように考えるかが,ここでも問われている。これを制御できるのは,人間の知恵以外になく,その意味で,生物科学の知見によって,どのように地球の生態系を維持していくかという課題であることはまちがいがない。

しかし一方で,人間の社会こそ,そうした「共食い」をしない社会でなければならないはずだ。これは単純な棲み分け論によって解決する問題でもなさそうだし,人が人を殺さない社会,それぞれがそれぞれを尊重する社会をつくるために何が必要なのかを考えることになるだろう。

田んぼの生きものを観察することは,生きものと人間の関係,そして生物多様性の意味をもう一度考えさせてくれる機会になった。
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自然農から見えてくるもの ― 自然農入門体験記(8)

2015/07/22 16:06
自然農の黒岩野菜塾も、7月で一応一区切りとなり、8月からは、後期野菜塾がはじまる。
この数週間、諸事多忙でなかなか記録が追いつかない状況だったが、ようやく気を取り直して、また書き始めている。
わが家の自然農は、ジャガイモ、ニンジン、大根、ごぼう、ブロッコリのほか、インゲン、きゅうり、なす、トマトの類である。
ジャガイモはそろそろ収穫を控え、葉っぱもやや黄色くんなってきた。
にんじん、ごぼうは、まだ間引きながら、毎朝、少しずつ食べている。ときどき、大きいのに当たったら、きんぴらごぼうにもしている。
大根は、もうすべて食べ終わってしまい、そのあとに、五寸ニンジンの種を蒔いた。黒岩師の話では、蒔いた上に薄く籾殻を敷くのがいいとのことだったので、ちょうど道の駅で籾殻燻炭を売っていたから、これを使うことにした。
ブロッコリは、茎立てというので、アスパラのような感じで、とても美味しいし、インゲン、なすがそろそろできはじめ、食べるのが追いつかなくなるほどだ。きゅうりも、花がいっぱいついているので、もうすぐ実がなり始めるだろう。来週か再来週あたりは、ぬか漬けも始める予定。トマトが赤くなるのはいつごろだろうか。
こんなわけで、草ぼうぼうの畑は、野菜で大賑わいである。
自然農を始める前は、とにかく毎年、雑草を取ることばかり考えていたが、今はほとんど気にならなくなり、ずいぶん楽に野菜と付き合っている気がする。
不耕作、無肥料、水なし、という、とても簡単な原理がこんなにも思い込みを変えてくれるのかということを実感している。大地そのものに種をあずけ、その発芽と成長を見守るという姿勢は、僕たちの生活の基本になるような気さえする。
僕の仕事のほうで、「学習者主体」という概念を提案したのは1995年のことで、これは学習者にしか学習者本人のことはわからないということを言ったものなのだが、野菜のことは、野菜自身にしかわからないということと結局は同じことなのだろう。病気に関しても、つまりは自分自身で病気に気づき、どのようにしてその病気と付き合うかということを自分で決めない限り、病気は克服できない。こんなふうに考えると、食も農も医も教も、すべて原理は一つだということになる。
シティズンシップ教育も、持続可能性の教育(ESD)も、最終的には、個人が自分に気づき、その自分がどのように他者と対話しながら、社会に対して自分をひらいていけるか、という課題なのだろう。
自然農の野菜から、こんなことが見えはじめている。

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種の入手と困難 ― 自然農入門体験記(7)

2015/05/13 11:00
八ケ岳では、まだおそ霜のおそれがあり、連休明けでも目が離せません。
ジャガイモ、大根、ニンジン、ごぼうは、芽を出したが、まだ小さなものばかりで、時折、寒さに震えています。
さて、今回、読者の方から、ありがたいご指摘をいただきました。

>種の調達はどうしましたか。
>たぶん講習で説明があったと思いますが,販売されている種は,いわゆるF1=一代交配種で,基本的には種を取ることができない,というか,ものすごくヒドイ種しか取れません。また,ものすごく綿密に「設計」されてるので,袋に書いてあるとおりに,日照時間・水やり・追肥のタイミングに従わないと,満足な生育になりません。
>販売種をもとにF1の制約を克服するのは,適者生存・自然交配・突然変異。袋書きを無視して好きに育て種をとる。2代目はヒドいものしか出てこないが,それでも育て生き残りで種を作れば,3代目以後は,その土で生きられる者が残って,以降,強力なものが育ち,種もとれるようになる。

そうなんです。種の問題は、自然農の一番大きな課題といえるかもしれません。
八ケ岳自然生活学校では、毎回、栽培した種を分けてもらっています。これは黒岩夫妻の10年の経験から生まれた知恵のようなものだと思います。といってもすべての種を自給できるわけではなく、場合によっては買うこともあるそうです。幸い、自然農法センターのようなところがあり、そこからある程度、持続性のある種を入手できるそうです。夫妻からも、自然農で収穫した野菜の種は、次代に残すように言われています。八ケ岳では、比較的意識の高い人たちが集まっているようで、定期的な種の交換会なども行われて始めているようです。
種のことでとくにひどいのは、トウモロコシだそう。間接的な話ですが、アメリカをはじめ海外から入ってくる日本のトウモロコシ種の90%は、遺伝子組み換え、しかもかなり強力な農薬を使用しているそうです。この農薬は、とても毒性が高く、その影響が3代後に出るとも言われています。これを規制する法律がないため、日本ではほぼ野放し状態とか。もはや自然農で対抗するしか生きる道はありません。
今回、ごぼうの種を初めて蒔きましたが、これも黒岩さんから胞子状態のものをもらって、自分で水につけ、選別してから蒔きました。大浦ごぼうという千葉県産の種類だそうで、太く短く、ちょうどハスのようなもののようです。通常、ごぼうは1メートル以上に根が張るので、収穫が大変だそうですが、この種類は、茎が太い分、根はそれほど深くなく、50センチ程度だそうです。これも一般には出回っていない品種とのこと、やはり自然農のネットワークが必要ですね。
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畑から見えてくるもの―自然農入門体験記(6)

2015/04/24 12:02
先週、自宅の畑に、ジャガイモ、ニンジン、ゴボウの種をまきました。
5本の畝に両側から植えていくので、大体10種類の作物ができることになります。
ジャガイモは、メイクインと男爵の2種を植え、これは種そのものではなく、種芋です。
まだ畝がずいぶん残っているので、ニンジンとゴボウのほかに、大根とブロッコリの種もまきました。
気をつけたことは、土を裸にせず、必ず枯れ草で覆うこと。
これは黒岩さんに言われてやってみたことですが、枯れ草で土を覆うと、本当に土に湿り気が残り、土の表面が乾かないから不思議です。
今週に入って、その枯れ草の下を覗くと、もう大根の芽が出始めています。

自然農にかかわり始めて、今までの農に関する自分の常識がガラガラと崩れ始めるのを感じています。
たとえば、「耕さない」という原則について、人間の歴史から考えてどうしても不思議でした。
文化ということばの由来は、ラテン語の耕すという動詞から来ていることはよく知られています。耕された人、すなわち文化人というわけです。土を耕すということは、野生に鍬を入れ、人間としての知性を身につけること、そういうふうに僕は理解していました。
ところが、自然農では、基本的に土を耕さないのです。
なぜ人は土を耕すことから始めたのでしょうか。
これについて、川口由一さんは、「より多くの食料を手にしたいからでしょう」と答えています(新井由己『畑から宇宙が見える―川口由一と自然農の世界』宝島新書p.70)。
やはり生産という概念に囚われると、それが目的になってしまうということでしょう。その生産の目的のために、自分たちの生きる自然そのものを破壊してしまう、そのことに気づかないことがとてもおそろしいと思います。

耕すことによって、自然界における生きものの循環を断ち切ってしまうというのが、自然農で土地を耕さない理由です。近年の有機農法でも、結局は、従来の慣行農法と同じように、生産のために、さまざまな手立てによって、人間の都合のいいように、土地を「改良」してしまうのです。
自然農の畑では、畑がまるごと自然なのです、と前回の講習でも黒岩さんが語っていました。

黒岩さんの師・川口由一さんの話で、とても共感できるのは、正しいことを説明しようとすると、相手の立場をなくすことになるので、むしろ、自分の言い分は言わず、相手の言い分を聞くようにする、というくだりです(前掲書p.85)。
とくに、慣行の農家で生まれ農家で育ち、農家に嫁いできた母親との葛藤は、すさまじいものがあります。
母親は、川口さんの自然農に対して、世間体が悪いと激しく抵抗し、周囲と同じことをしてくれと言いつづけます。さらに、家に閉じこもってノイローゼ気味になり、体調も崩し、風呂場で倒れるという事件も起こります。ここで、川口さんは、「自然農よりも母親のことのほうが、はるかに難しくて困難な課題であることを痛感」するのです。

しかし、川口さんは、自然農をあきらめません。「母親の人生ではなく、これは僕の人生のことなのだから、たとえ親といえども譲れない。僕のやり方を受け入れられないのは母自身が抱えている問題で、それは母が(自分で)解決しなければならないこと」(前掲書p.87)と考えるのです。
近隣農家の人たちからの非難も大変なもののようでしたが、自分の言い分は言わず、相手の言い分を聞くようにする、という姿勢によって、対立を避け、友好的な関係を保つことで、しだいに理解も得られるようになったという話は、すべてのところに通じる課題であるような気がします。

朝、畑に立ち、鳥の声を聞きながら、枯れ草の下から育ってくるはずの野菜たちのことを思うと、とてもさわやかな気持ちになります。自然農の畑から見えてくるもの、それは生きものすべてのいのちの鼓動のように思えるからです。
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種まきと教育―自然農入門体験記(5)

2015/04/24 11:08
前回、「種をまく」という作業について書いた。
種まきがただ収穫だけを目的としたものではなく、「この大地に新しい生命を吹き込むこと」で、「未来をつくる行為である」とするなら、これは植物だけの問題ではなく、人間にとっても、とても重要な課題であることになる。
この世界で人材が育成されるためには、まずその種がまかれなければならない。
その種は、初めはどのようなものかわからないけれど、しだいに大きくなって姿をあらわす。
その一粒一粒の種を見定めながら、ゆっくり時間をかけて育てていくことが重要だろう。
しかも大切なことは、その種の一つ一つが未来をつくり、その未来を担うことになるからだ。
だからこそ、効率や成果だけを重視して、作物を作ろうとすると、一時的にはよくても、長い将来を考えると、決していいことはない。生産のための生産という事態に必ずなるからだ。
教育の問題もまったく同じで、画一的な知識を決まった教材で一方的に教え込むことは、決して種を育てることにならない。
種の一粒一粒の性格や方向を見ながら、子ども一人ひとりの状況を考えていくことが必要だろう。まさに「適時適作」である。
1990年代の後半に開発した総合活動型日本語教育を、今、改めて自然農と比較してみると、ほとんどそのまま当てはまるから不思議である。
同じジャガイモ、同じニンジン、同じゴボウも、決してみな同じではない。
それぞれの種をどのように生かすかは、やってみなければならない。
僕の場合を含めて、これまで受けてきた教育は、収穫のみを目的として行われてきたように思われてならない。
その収穫とは、いい学校に進学すること、いい会社に就職すること、そのための評価のシステムをどのように完備するかが学校の役目であるようだ。
そうではなく、もう一度、人間とは何か、教育とは何かを考え直すこと。
それは、収穫第一であることを問い直す自然農の姿に似ている。
そのことによって、最終的には、作物自身がよみがえり、それをつくる人間も豊かになれる、そういう社会をめざしたいと僕は思う。
今週には、自宅の畑に、ジャガイモ、ニンジン、ゴボウの作付けがはじまる。
(つづく)
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種をまく―自然農入門体験記(4)

2015/04/03 11:40
4月2日、八ケ岳自然生活学校の自然農塾野菜組の第2回目です。
前回の講習の後、自宅の裏庭にある畑で畝(うね)立てをはじめてみました。
自然農で唯一土を耕すのが、この畝立てだそうですが、作物にとって必要なのは、日当たり、風通し、水はけの3つ
であることを思い出しながら、土地に高低をつけるという意識で鍬をふるいます。

第2回目の講習では、この自分の畝づくりを思い出しながら、講習に参加しました。
今回は、いくつかの表現について考えます。
まず「身土不二」ということば、人間の身体と大地は切り離せない関係にあるということをいうもので、マクロビオティックの世界でもよく使われます。身体と大地が一体化していると考えることで、自然界に満ち溢れている気(エネルギィー)を取り入れることになるというわけです。
ですから、その土地のその季節にとれたものを食べるということがとても重要だということ、八ヶ岳南麓の気候風土では、春が遅いため、春はむしろ野菜ではなく、野草や山菜を食べるのがいいという指摘はまさにその通りだと思いました。
在来の農業でも、「適地適作」とか「適期適作」という言い方があるそうです。「地」「期」をよく選んで「作物」をつくるということなのでしょう。黒岩成雄さんは、これに「適時適作」という表現を付け加えたいと言います。「時」は「期」よりも短いスパンで考えるもので、「作」は作業の意味だとのこと。つまり、「適した瞬間に適した作業をする」として、その時を見ようとのことです。
「適地適作」にしても、いずれにしても人が人為的に都合のいい場所をつくってしまうということになるのだけれど、この都合のよさは、人間にとっての良さであるから、どうしても画一的、均一的になってしまう。だから、反対に人が選ぶのではなく、土地や自然が選んでいる土地や時期、瞬間を見ることが大事なのではないかという考えです。
このような考え方が、象徴的に表れるのが「種をまく」という作業となります。
種は風や鳥や虫・動物たちが運ばれますが、もしかしたら植物は意識的に食料として使われることを考えている存在なのかもしれないと黒岩さんは言います。
その意味で、「種をまく」という作業は、とても意味のあるものだといえるでしょう。
この大地に新しい生命を吹き込むことだと黒岩さんは続けます。それは同時に、未来をつくる行為であるとも言えるのではないかということです。
大切なのは「呼吸」、とにかく心を静めて鍬をふるうと、土が自分に呼びかけてくるような気がしてきます。土にも植物にも心があるということが実感として伝わってきます。今回の実習では、ニンジン、ゴボウ、ジャガイモの種を畑の片隅に植えました。
講習の後、牧子さんが畑で採れた山菜・野草の塩ゆでを出してくれました。ヨモギは春菊のようなほろ苦い味、甘草のサクッとした歯ごたえ、これが八ヶ岳南麓、春の味です。
さて、次回は、いよいよ作付けのプランにしたがって、自宅の畑に何を植えるかを考えてみることになります。
(つづく)
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この世でたった一つのもの―自然農入門体験記(3)

2015/04/01 15:43
3月26日、八ケ岳自然生活学校の自然農塾野菜組に参加して考えたことのつづき、第3回目です。
前回は、耕さない、雑草や虫をとらない、水・肥料を施さない、という自然農の3原則について書きました。
後半は、実際の畑に出て、畝(うね)立ての実習です。
自然農で唯一土を耕すのが、この畝立てだそうです。
なぜなら、作物にとって必要なのは、日当たり、風通し、水はけの3つだそうで、とくに水はけを考慮するためには、土地に高低をつける必要があり、そこで、畝立てという作業をするということです。
ちょうど蒲鉾のようになった畝には、周囲の枯草を敷いて、土の表面が乾かないようにします。表面が乾くと、せっかくの土中の微生物が死んでしまうからだそうです。このように枯草を敷くことで、地表が乾かず、そうすると、水をやらなくてもいいというのが自然農の考え方です。
畝立てをしながら、「畑で作業をするとき一番大切なことは何か」という質問が黒岩成雄さんがありました。
土地や作物を観察すること、風向きを見ることなど、みんなそれぞれに考えた意見が出ましたが、黒岩さんの答えは、「呼吸」です。
ざわざわした気持ちで畑に入っても、ものがよく見えないし聞こえない、とにかく心を静めて、畑に入る、これが大事、とのことです。こういう気持ちになって畑に入るとき、まずゆっくり呼吸すること、ここから始めたいと僕も思いました。心と身体、そして魂が一つになってこそ、自然と向き合えるというのは、いろいろな先人の指摘するところですが、すべて自然の摂理のもとでのこの世界に生きるすべての生きものたちの生命活動を大切にするならば、まずわが身とわが心、そしてわが魂を静めること、これはとても重要だと思います。魂とは、この場合、永遠の自我をいうのだと思いますが、また考える機会もあるでしょう。
もう一つ、この畑、この作物が、世界でたった一つのものであるということを知ろうと黒岩さんは言いました。
今ここでつくられようとしている作物は、さまざまな環境の影響を受けているわけで、決して単一のものではない、したがって、私たち一人一人がこの世にたった一人しかいないのと同じように、作物一つひとつもまた世界でたった一つのものなのだということです。これは同じものをたくさん作ってできるだけ多く売りさばこうという発想だと、こういう考えは持てないだろうと思います。植物にも心があるということとつながっているのでしょう。
畝立てをした後、みんなで昨年収穫した大根をいただきました。収穫の後、地中に深く埋めておくと、そのまま保存できるとのことで、その瑞々しさは、とれたてのものとほとんど変わらないほどでした。
さて、次回は、いよいよ作付けのプランを練ることになります。
(つづく)
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近代の毒に気づく―自然農入門体験記(2)

2015/03/29 22:40
3月26日、八ケ岳自然生活学校の自然農塾野菜組に参加して考えたことのつづきです。
前回は、この学校に参加した動機とその周辺および自然農の歴史について書きました。
福岡正信さんの影響を受けた川口由一という人が、「自然農法」の「法」をとって、「自然農」としたところから始まっているというエピソードは、僕にとってとても興味深かいものです。なぜなら、「法」がつくと、方法や技術を表すことになってしまうからだという黒岩成雄さんの話は、たいへん重要な意味を持っていると思われるからです。
さて、前半の講義では、自然農の3原則について説明がありました。
その3原則というのは、耕さない、雑草や虫をとらない、肥料を施さない、の3つです。
なぜ耕さないかというと、耕すということは生態系を破壊することなのだというのです。次に、雑草と虫をとらないことは、人間から見た画一性を廃し、すべての多様性を尊重するというです。3つ目の肥料を施さないというのは、本来、土の中に栄養分は存在するはずなのだから、それ以上の過剰な栄養は必要ないとのことです。
そこでもう少し考えてみると、この3つはすべて共通する原理で貫かれていることがわかります。
つまり、動植物の生命活動の循環という観点を考えてみると、まず耕さないのは、土の状態に人間が余計な手出しをしないということ、もし耕すとすると、それまでの自然の循環を断ち切ることになってしまう、雑草と虫との関係も同じで、いろいろな人がいて、さまざまな価値観があってはじめて、この世界は成り立つという市民性の原理とまったく同じであることがわかります。そうすれば、肥料はむしろ余計なお節介だということも理解できます。
人間の歴史よりもはるか昔から、すべて自然の摂理のもとでこの世界は動いてきたわけですから、それにしたがって考えれば、この田畑に生きるすべての生き物たちの生命活動が作物をつくるのだから、余計な手出しをしないという原理は、とても納得のできるものです。
この3原則は、考えてみれば当り前のように思えるのですが、実際、自分の問題として考えると、結構大変かもしれないなと思います。
どうして大変なのでしょうか。それは、それだけ私たち自身が近代の毒に侵されてきたからだということになるでしょう。近代の毒とは、この200年くらいで人間が自然から勝ち取ってきたと思われるものやこと、そのすべての総体を指します。
この近代の毒が、それ自体が毒とは感じられず、いつの間にか人間の社会を蝕んでいることに気づくこと、そのことに自覚的になるきっかけが自然農だといっても過言ではないでしょう。
よろしく。(つづく)
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耕さないふわふわの畑―自然農入門体験記(1)

2015/03/27 18:00
3月26日、八ケ岳自然生活学校の自然農塾野菜組に参加しました。
なぜここに参加したかというと、そろそろ暖かくなりはじめて、自宅である森の家の裏の畑を耕さなければならない時期になり、でも、原稿の締め切りとかいろいろあって、なかなかそういう気分にならず、ぼんやりしていたところ、「耕せ」という命令主体である同居人が、どこからか「自然農カフェ」というチラシを持ってきました(最近、こういうチラシというかイベントのお知らせのようなものが山のようにあります)。
それを見ると、何と「耕さないふわふわの畑」と書いてあるではないですか。
これは絶好のチャンス、とばかり、この自然農カフェとやらに出かけてみました。家から車で20〜30分くらいの信濃境の駅前のカフェに行くと、店の前に、それらしき婦人がいたので、笑顔を向けると、やっぱり八ケ岳自然生活学校の黒岩牧子さんでした。
そこで、コーヒーを飲みながら、自然農のお話をきき(何と聴衆は僕一人)、野菜組、雑穀組、田んぼ組の3組のあることを教えてもらい、初心者である僕は、さっそく、この自然農塾野菜組に参加することとなりました。

第1回の3月26日<木>9:00、信濃境駅前に軽トラを止め、鍬を担いでとぼとぼと学校に向かいます。
野菜組参加者は、総勢12、3人、なかにリピーターも3名いて、終始和やかな雰囲気。前半の1時間は牧子さんの講義というか自然農についての説明があり、時折、夫君の成雄さんの補足が加わります。
自然農の発祥は、福岡正信(1913-2008)の自然農法、岡田茂吉(1882-1955)の天然農法、藤井平司(1924-2002)の自然栽培というように、それぞれ別々に違うところではじまったということです。福岡正信は、『わら一本の革命』という本で知られていますし、岡田茂吉は、MOA美術館の設立者として知っていましたが、藤井平司という人のことははじめて聞きました。
今回の「自然農」ということばは、福岡正信さんの影響を受けた川口由一という人が、「自然農法」の「法」をとって、「自然農」としたところから始まっているということです。なぜ川口由一が「法」をとったかというと、「法」がつくと、方法や技術を表すことになってしまうからだという話を成雄さんがしてくれました。黒岩夫妻が1997-99年の2年間勉強した川口由一師の赤目自然農塾では、具体的な農法ではなく、むしろ自然農という考え方を徹底的に叩き込まれたと語ってくれました。方法・技術ではなく考え方を、というところ、どっかのだれかもたしかいつもそう言っているぞと思いつつ、妙に納得してしまいました。
ということで、つれづれなるままに、この自然農入門体験記を始めていく気分になっています。よろしく。(つづく)
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